この連載はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。著者名の神崎和は本メディアの創作上のペルソナです。

 この国には、暦がある。  立春も、一粒万倍日も、厄年も、誰かが決めた区切りだ。  その区切りを、ただの迷信として通り過ぎる人と、  自分の一年をそこで折り返す人がいる。──これは、後者の図鑑である。

▶ 前回:〈天中殺〉と言われた三年間。彼女がひとつだけ、やめなかったこと


十一月の夜は、境内に入る前から音が聞こえる。

手締めの音だ。三本締めが、あちこちの露店から不規則に上がる。人の流れは一方通行で、後ろから押されるように進む。熊手を頭より高く掲げて歩く人とすれ違うたび、飾りの小判が揺れて光った。

その列の中を、なつみは八年、同じ速度で歩いてきた。

一の酉、二の酉

酉の市は、十一月の酉の日に立つ市だ。

十二支は日にも割り当てられていて、酉の日は十二日ごとに巡ってくる。だから十一月には酉の日が二回か三回ある。順に一の酉、二の酉、三の酉と呼ぶ。年によって回数が変わるのはそのためだ。

毎年この時期になると、よく聞かれる質問がある。

「熊手って、毎年大きくしないといけないんですか」

「大きくする」は決まりごとではない

商売繁盛を願って、毎年少しずつ大きな熊手にしていく。よく聞く話だ。

ただ、これは全国一律の決まりごとではない。地域や店の慣習として広まったもので、社寺が定めた作法というわけではない。

ひとつの考え方として、こう言える。

続けられる大きさで、続けるほうが本筋に近い。

熊手は毎年新しくして、古いものは納める。つまり、これは一年ごとに更新する習慣だ。習慣として成立していることのほうが、寸法より重い。

一度大きくすると、翌年それより小さくはしづらい。二年、三年と重ねるうちに、金額が生活と合わなくなる。そこで途絶えてしまうこともあるだろう。

三千円の熊手

なつみは三十八歳で、代々木上原で小さな設計事務所をやっている。従業員はいない。

初めて酉の市に行ったのは三十歳のときで、独立した年だった。

「知り合いの工務店の社長に連れて行かれて、勢いで買ったんです」

そのとき買ったのが、手のひらに乗るくらいの熊手だった。三千円だった。

翌年、同じ店に行った。店の人が「今年は少し大きいのはどうです」と勧めた。なつみは断って、同じ大きさのものを買った。

その次の年も、その次も。

八年、同じ店で、同じ大きさの、同じ三千円の熊手を買い続けている。

なぜ大きくしなかったのか

何年目かに、店の人から理由を聞かれた。彼女は少し考えてからこう言った。

「大きくしたら、来年もっと大きくしないといけないでしょう」

事務所は、いい年もあれば悪い年もあった。三年目は特に悪くて、貯金を取り崩した。

「あの年に、去年より大きい熊手を買えって言われてたら、たぶん行かなかったです」

行かなくなっていたら、そこで途切れていた。

「三千円なら、どんな年でも出せるので」

店の人が覚えていた

八年通ううちに、店の人が彼女の顔を覚えた。

四年目くらいから、店に着くと同じ大きさの熊手がすでに一つ、脇に寄せてあるようになった。

「今年もこれでしょ、って」

手締めは、値段に関係なくやってくれる。三千円でも、三本締めは同じだけ打つ。

「あれが、けっこう効くんですよ」

一年やってきて、周りに褒められることはあまりない。ひとりでやっていると、なおさら無い。年に一度、知らない人が自分のために手を叩いてくれる。

「それを八回もらったってことなんだと思います」

続いていることが、いちばんの縁起

熊手の飾りには、それぞれ意味があるとされる。おかめは福を招くとされ、小判や俵は商いの実りを表すとされる。何を選ぶかで縁起が変わる、という言い方もある。

その話はその話として、なつみの熊手を見ていると、こう思えてくる。

八年続いた三千円の熊手は、一度きりの三万円の熊手より、たぶん強い。

縁起物は、買った瞬間に何かが決まるものではないのかもしれない。毎年その日にそこへ行く、という行為の反復が、暦の中に自分の位置をつくる。

今年、初めて行くなら

初めてなら、小さいもので構わない。

古い熊手は、翌年その社寺に納める。行けない場合は、近くの社の古札納所に納められることが多い。事前に確認しておくと安心だ。

そして、値段は最初に決めておくといい。来年も出せる額に。

今年も、なつみは行くつもりでいる。九年目になる。

「たぶん、また三千円です」


開運図鑑・第7回は、昇給したのに残高が動かなかった女の話。彼女が家の〈北〉を片づけた冬を描きます。

✦ この記事のまとめ

酉の市の熊手は「毎年少しずつ大きくする」と言われますが、これは決まりごとではありません。続けられる大きさで続けることのほうが、作法としては本筋に近い、という考え方もあります。

八年通った彼女が守っていたのは、熊手の寸法ではなく毎年同じ店で、同じ額を出すという習慣でした。