この連載はフィクションです。登場人物・出来事は創作です。著者名の藤本環は本メディアの創作上のペルソナです。
この国には、暦がある。 立春も、一粒万倍日も、厄年も、誰かが決めた区切りだ。 その区切りを、ただの迷信として通り過ぎる人と、 自分の一年をそこで折り返す人がいる。──これは、後者の図鑑である。
弟からの電話は、いつも同じ時間にかかってくる。
日曜の夜、九時過ぎ。あさこがその番号を見たのは、十一月のことだった。
窓の外は暗く、部屋には煮物の匂いが残っていた。彼女は画面をしばらく見てから、電話に出た。
用件は、予想がついていた。
個人年8とは何か
数秘術には、パーソナルイヤーという考え方がある。
生まれた月日と、その年の西暦を足して一桁にする。出た数字が1から9のどれかになり、九年で一周する。その年が自分にとってどういう性質の年かを見るものだ。
1は始まりの年、5は変化の年、9は終わりと手放しの年、というように読む。
8は、収穫の年とされる。それまで積んできたものが、目に見える形になる年だ。金銭や地位に関わる読み方をされることが多い。
8の年について、よく添えられる言葉がある。
実りが見えるということは、他人からも見えるということだ。
見える年に、増えるもの
あさこは四十六歳で、都内で歯科技工の会社をやっている。夫と二人で始めて、いまは八人になった。
その年、彼女のパーソナルイヤーは8だった。
実際、いい年だった。大きな歯科医院グループとの取引が決まり、売上は前年から四割伸びた。新しい機械も入れた。
そして、相談が増えた。
三月に、同業の知人から運転資金の話。六月に、古い友人から開業資金の話。九月に、親戚から子どもの学費の話。
「全部、断れなかったんです。三月と六月は」
断れない理由
あさこが断れなかったのは、人が良かったからではない。
「うまくいってる年に断ると、感じが悪いじゃないですか」
実りの年には、そう感じやすいのかもしれない。
実りが見えている人には、頼みやすい。そして頼まれた側は、実っているという事実そのものを理由に、断りにくくなる。
三月に貸した二百万円は、半分だけ戻ってきた。六月に貸した八十万円は、戻ってこないまま連絡が途絶えた。
九月の電話は、弟からだった。
数字を見てから決める
十一月の電話の前に、あさこは一度、占い師の千景を訪ねていた。以前にも数秘を見てもらったことのある相手だった。
そのとき彼女が言ったのは、「今年は8だから、貸すのも巡りなんでしょうか」ということだった。
千景は、そうは読まない、と答えた。
8は、収穫を数える年だ。数えるというのは、入ってきたものと出ていったものを、はっきりさせるということでもある。曖昧なまま出していくのは、8の使い方としては真逆に近い。
そのうえで、千景は数字の話をした。
その年に貸した合計は二百八十万円で、戻ったのは百万円。伸びた利益のかなりの部分が、そこに消えていた。
「見えていなかったんですね」
彼女はそう言った。見えていなかったのではない。見ようとしていなかった。
弟に言ったこと
十一月の日曜、あさこは電話に出て、最後まで話を聞いた。
そして、こう言った。
「貸さない。でも、一緒に銀行に行く」
弟は少し黙ってから、わかったと言った。
翌週、二人で信用金庫に行った。融資は通らなかった。三つ目で通った。あさこは保証人にもならなかった。
「冷たいと思われたと思います。実際、しばらく連絡は来ませんでした」
二年後、弟の店はまだ続いている。
収穫の年に必要だったもの
「増やす年だと思ってたんです、8って」
あさこは振り返ってそう言った。
「でも実際に要ったのは、線を引くことでした」
数秘の九年周期では、8の次は9が来る。9は終わりと手放しの年とされる。8で線を引いておかないと、9で手放すものが増えすぎる、という読み方もある。
彼女の場合、9の年は静かだった。
自分のパーソナルイヤーを出す
計算は簡単だ。生まれた月と日、そして知りたい年の西暦を、すべて一桁になるまで足す。
たとえば七月十二日生まれで二〇二七年なら、七+一+二+二+〇+二+七で二十一、二+一で三。個人年3になる。
切り替わりは元日とする流派と、誕生日とする流派がある。どちらか一方に決めて、混ぜないほうがいい。
もし今年が8なら、ひとつだけ用意しておくといい。
断るときの基準を、頼まれる前に決めておくこと。
金額でも、相手との関係でも構わない。頼まれてから考えると、実っている年は、どうしても断りにくい。
開運図鑑・最終回は、〈冬至〉の朝の話。一年でいちばん昼が短い日に、彼女が一年ぶりに実家へ電話した理由を描きます。
✦ この記事のまとめ
数秘術のパーソナルイヤーは1から9の九年周期で巡り、8は収穫と結実の年とされます。
ただし実りが見える年は、周囲からの相談も増えます。46歳の彼女に必要だったのは増やす技術ではなく、断るための基準でした。



