この国には、暦がある。  立春も、一粒万倍日も、厄年も、誰かが決めた区切りだ。  その区切りを、ただの迷信として通り過ぎる人と、  自分の一年をそこで折り返す人がいる。──これは、後者の図鑑である。

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「三年、動かないほうがいいですね」

そう言われたとき、あきは笑ってしまったそうだ。

三十六歳の二月だった。転職エージェントとの面談を三件終えて、そのうち二件が手応えのあった週のことだ。友人に誘われて行った鑑定で、開口一番にそう言われた。

「いま、いちばん動きたい時期なんですけど」

そう返すと、鑑定士は「だからです」と言った。

天中殺という期間

天中殺、あるいは空亡と呼ばれるものがある。

十干と十二支を組み合わせていくと、十干が一巡しても十二支が二つ余る。この余った二支にあたる期間を、支えが無い時期として扱う考え方だ。流派によって呼び方も読み方も違うが、おおむね「基盤が定まりにくい時期」とされる。

十二年のうち二年、月なら十二か月のうち二か月が、それにあたる。

白川は──私はこの分野を扱う仕事をしているので──天中殺の説明をするとき、必ず一つ付け加えるようにしている。

これは「悪いことが起きる期間」ではない。

そう説明しないと、人は怯えて何もしなくなる。何もしないのがいちばんもったいない。

あきが見送ったもの

あきは、その年の転職を見送った。

二件のうち条件のよかったほうは、待遇が今より二割上がる話だった。それも断った。引っ越しの予定もあったが、更新して同じ部屋に残った。

「正直、半分は言い訳でした」

彼女は後にそう言っている。動きたいと言いながら、本当は怖かった。天中殺という言葉は、動かない理由として都合がよかった。

私はそういう使われ方をよく知っている。占いは、決断を先送りする道具にもなる。それ自体は、悪いことばかりでもない。

問題は、先送りした時間に何をするかだ。

ひとつだけ、やめなかったこと

あきは制作会社でウェブのデザインをしていた。

動かないと決めた三年間、彼女は外向きの動きを全部止めた。転職活動も、副業の営業も、勉強会での登壇も。

その代わり、ひとつだけ続けたことがある。

毎週金曜の夜に、その週やった仕事を一枚にまとめる。

自分がどこで詰まったか、何を直したか、何を判断したか。誰にも見せない記録だった。ノートアプリに、一週間ぶんを一ページ。

「最初は転職のときに使えるかな、くらいの気持ちでした」

三年で、百五十枚を超えた。

三年目の終わりに起きたこと

天中殺が明けた年の春、あきは社内で新しい部署の立ち上げに呼ばれた。

彼女が呼ばれた理由は、上司いわく「判断の理由を説明できる人だったから」だという。

百五十枚の記録は、転職には使わなかった。使ったのは、その部署で新人に教えるときだった。自分が三年前どこで詰まったかが、全部書いてあった。

「動かなかった三年って、何も無い三年だと思ってたんです」

そうではなかった、と彼女は言った。

「出してなかっただけで、溜まってはいたんですよね」

止まることに意味はない。積むことに意味がある

天中殺の期間に何もしないことを、私は勧めない。

止まること自体には、何の力もない。三年空けても、空けただけなら三年ぶん歳を取る。

意味があるのは、外に出す動きを止めているあいだに、内に積む動きを一つだけ残しておくことだ。

一つでいい。多いと続かない。あきの場合は、週に一枚の記録だった。

読書でも、体を動かすことでも、家計を毎月見ることでも構わない。外から評価されないもののほうが、この時期には向いている。評価されないから、天中殺の空気に左右されない。

自分の天中殺を調べる前に

天中殺の期間は、生年月日から出す。無料の計算ツールも多い。流派によって結果が変わることがあるので、複数見ると混乱するかもしれない。

ただ、調べる前に決めておいたほうがいいことがある。

その期間に、何を一つだけ続けるか。

これを先に決めておかないと、期間を知った瞬間に、動かない理由だけが手に入る。

あきはいま、四十一歳になった。あの三年のノートは、まだ残しているそうだ。

「読み返すことはないんですけど、捨てられなくて」


開運図鑑・第6回は、〈一の酉〉の熊手の話。毎年小さいまま買い続けた彼女の、「大きくしない」という選択を追います。

✦ この記事のまとめ

天中殺・空亡は「動かないほうがいい期間」として語られます。ただ、止まることそのものに意味があるわけではありません。

36歳の彼女は、その三年で外に出す動きを止め、内に積む動きだけを続けました。動けない時期に何を選ばないかより、何を一つだけ続けるかが効いています。