この国には、暦がある。  立春も、一粒万倍日も、厄年も、誰かが決めた区切りだ。  その区切りを、ただの迷信として通り過ぎる人と、  自分の一年をそこで折り返す人がいる。──これは、後者の図鑑である。

▶ 前回:〈吉方位〉で引っ越し先を決めた女。三年後、彼女はまだその街にいた


昇進の掲示が出た日、まりえは自分の名前を三回探した。

社内システムの人事異動のページで、五十音順に並んだ名前を上から追う。二回目までは、見落としたのだと思っていた。三回目で、そこに無いことを認めた。

同じ部署の同期、たしかに彼の名前はあった。

十月の第一週で、フロアの窓からは、ビルの隙間の空がやけに高く見えた。エアコンがまだ冷房のままで、少し寒かった。

「おめでとう」

昼にそう言った。本心でもあった。本心でもあったし、それだけではなかった。

数字は、負けていなかった

まりえは三十一歳で、法人向けのソフトウェアを売る会社にいた。営業ではなく、カスタマーサクセスという職種で、導入した企業のフォローをする。

同期の彼は新規営業だった。

数字を並べれば、彼女が負けているわけではなかった。契約の継続率は部内で一番だったし、解約を止めた案件もいくつもあった。ただ、彼の数字は毎月グラフに出た。彼女の数字は、四半期に一度、継続率という比率で出た。

「私は積み上げてるのに、って思ってました」

彼女は後にそう言っている。積み上げているのに、見えない。見えないから、評価されない。そう思っていた。

そして同時に、こうも思っていた。自分には、あの跳ね方ができない。

母の代からの鑑定

まりえが私のところへ来たのは、その年の十一月だった。母親が長く見ていた縁で、娘のほうも一度、という話だった。

生年月日と生まれた時刻を聞いて、命式を出す。四柱推命は、生まれた瞬間の暦を四本の柱に置き換えて読む。年・月・日・時、それぞれに十干十二支が入る。

そこから「通変星」というものを出す。自分から見て、他の要素がどういう関係にあるかを十種類に分けたものだ。

そのうち、お金に関わる星が二つある。

正財と、偏財という。

積み上げて入る型と、波で入る型

正財は、決まって入ってくるお金を表すとされる。給与、家賃収入、継続的な契約。こつこつ積んだものが、時間をかけて実りになる型だ。地味だが崩れにくい。

偏財は、波で入るお金を表すとされる。相場、歩合、当たれば大きい仕事。振れ幅が大きく、当たる年と当たらない年がはっきり分かれる。

まりえの命式には、正財が強く出ていた。

そして、同期の彼の生年月日を、彼女は知っていた。飲み会で聞いたことがあったからだ。試しに見てみると、偏財が立っていた。

「じゃあ、そもそも競技が違うってことですか」

彼女はそう言った。そういう言い方をするなら、そうだ、と私は答えた。

「合わない型」で戦っていた三年

まりえがそれまでやっていたのは、偏財の土俵で正財の手札を切ることだった。

彼女は月次のグラフに載りたかった。だから、新規の商談にも顔を出すようになり、提案書も書いた。けれど新規は彼女の得意ではなく、成果は出ないまま時間だけ取られた。その間、本来の継続フォローの密度は落ちていた。

「一番強い場所を、自分で薄くしてたんですね」

正財の型でやることは、地味だ。同じ顧客に、同じ頻度で、同じ質で関わり続ける。跳ねない。けれど、剥がれない。

三年やって剥がれない関係が三十社あれば、それは新規三十件より重い。ただし、そう見せる仕組みが社内に無かった。

彼女がやったこと

翌年、まりえがやったのは転職ではなかった。

継続率という比率で報告していたものを、金額に変えた。「継続率九十四パーセント」ではなく、「継続によって守った年間契約額」を出した。数字の性質は変えていない。見せ方だけを変えた。

守った額は、新規で取った額より大きかった。

それが評価の対象になるまで、一年半かかった。彼女が昇進したのは、その次の期だった。

「三年待った、みたいに言われるのが嫌なんですけど」

そう前置きしてから、彼女は続けた。

「三年、間違った方向に走ってたぶんが無駄だっただけなんです」

型を知ることは、諦めることではない

正財が強いから偏財の仕事はできない、という話ではない。四柱推命はそういう決めつけをする道具ではないし、私もそういう読み方はしない。

ただ、得意でない型で消耗しているとき、人はそれを「自分の能力の低さ」だと思い込む

まりえが三年間感じていたのは、能力の欠如ではなかった。ただ、合わない土俵にいた。

型を知ると、努力をやめるのではなく、努力の向け先が変わる。

自分の型を見てみる

通変星は、生年月日と生まれた時刻から出す。時刻がわからない場合でも、年月日だけである程度は読める。

正財が強いなら、継続と信用が資産になる。派手さの無い仕事を、剥がれないところまで積む。 偏財が強いなら、波が来た年に大きく動く。来ていない年に無理をしない。

どちらが上ということはない。どちらの型でも、合わない側で消耗すると同じように苦しくなる。

まりえは今も同じ会社にいる。同期の彼は、去年転職したそうだ。

「あの人、波が来たんだと思いますよ」

そう言う彼女の声に、もう三年前の響きは無かった。


開運図鑑・第4回は、数え33、本厄の年の話。財布を替えられなかった彼女が、最後に手放したものを追います。

✦ この記事のまとめ

四柱推命の通変星では、お金の入り方に大きく二つの型があるとされます。積み上げて入る型と、波で入る型です。

31歳の彼女は「稼げない自分」を責めていましたが、実際には合わない型の土俵で比べていただけでした。型を知ることは、努力の方向を変えることです。