一人で決められるようになった。一人で片づけられるようになった。
それは、たしかに強くなったということだ。
ただ、その過程で静かに閉じていく機能がある。
人に頼む、という回路。
著者名の藤本環は、本メディアの創作上のペルソナです。実在の鑑定者による経験談ではありません。詳しくは運営者情報をご覧ください。
使わない機能は落ちる
最初に伝えたいことがある。
甘えられないのは、性格ではない。
頼まなくても回るようになったので、頼む練習をする機会が無くなっただけになる。
体を動かさなければ筋力が落ちるのと、構造としては同じことが起きている。性格の問題にすると、直しようがなくなってしまう。
閉じるまでの順番
だいたい、こういう順で進む。
最初は、頼んで断られた経験がある。あるいは、頼んだのに期待した形で返ってこなかった。
そこで一度、自分でやってみる。できてしまう。
できたので、次も自分でやる。頼むより早いと気づく。
数年経つ。頼み方を思い出せなくなっている。
どの段階にも、おかしな判断はない。全部その場では正しい。積み重なった結果として、回路だけが閉じる。
開けようとして失敗する形
閉じていることに気づいた人が、次にやりがちなことがある。
大きな頼み事から始めてしまう。
長く我慢していたぶん、頼むときにはもう限界に近い。だから最初の一回が重くなる。
重い頼み事は、断られる確率も高い。相手に余裕がなければ普通に断られる。
そして、こうなる。
「やっぱり頼らないほうがいい」
一度で閉じ直す。しかも前より固くなる。
順番を逆にする
私がおすすめしたいのは、こちらだ。
断られても困らないことから頼む。
具体的には、こういうレベルになる。
- そこの塩を取ってもらう
- 店を決めてもらう
- 荷物を少し持ってもらう
- 「どっちがいいと思う」と聞く
こんなことで意味があるのか、と思うかもしれない。私は、あると考えている。
目的は用事を片づけることではない。頼んで、返ってくる、という往復を体に通すことになる。
小さいので、断られても何も損しない。損しないから、続けられる。
「どっちがいいと思う」の効きどころ
四つ挙げたなかで、いちばんおすすめしたいのがこれになる。
意見を聞くのは、頼み事のなかで最も軽い。相手に手間が発生しない。
それでいて、判断を一人で抱えないという形にはなっている。
一人で決められる人ほど、聞かずに決める。聞かずに決めた回数だけ、相手は関わる余地を失っていく。
関わる余地が無い相手には、人は近づきにくい。ここが、実は関係の入口をふさいでいることもある。
相手の側から見ると
頼まれない側の話も書いておく。
何も頼まれない相手は、「必要とされていない」と受け取ることがある。
こちらは迷惑をかけまいとして頼んでいない。相手には、距離を取られているように見える。
この行き違いは、起きやすい。気遣いが、そのまま壁として届いている。
小さく頼むのは、この誤解を解く作業でもある。
三か月続ける
小さい頼み事を、三か月。
続けていると、あるとき自然に大きめの頼み事が出やすくなる、と私は考えている。狙って出すのではなく、口から出る。
そのときには、往復の回路が通っている。断られても、閉じ直さない。
順番としては、これで足りると思っている。
それでも重いとき
気持ちの落ち込みが長く続いている場合や、頼むことを考えるだけで強い苦しさがある場合は、この記事の範囲を超えている。
そのときは、無理に一人で開けようとしないでほしい。専門の相談先を頼るのも、立派に「頼む」練習になる。
今週やること
ひとつだけ。
誰かに「どっちがいいと思う」と聞く。
内容は何でもいい。昼に何を食べるか、でいい。
決められない人になる必要はない。決められる人のまま、聞く回数を少しだけ増やす。それが、閉じた回路を開く最初の一歩になる。
✦ この記事のまとめ
自立できるようになるほど、人に頼る回路は使われなくなります。甘えられないのは性格ではなく、使っていない機能です。
開くには順番があります。断られても困らないことから頼む。いきなり大きな頼み事から始めると、一度の失敗で閉じます。



