「ご縁がなかったんだと思います」
別れを振り返るとき、よく使われる言葉だ。
角が立たない。誰も責めずに済む。便利な言葉だ。
ただ、この言葉で終わらせると、次に確かめるものが何も残らない。
著者名の白川珠代は、本メディアの創作上のペルソナです。実在の鑑定者による経験談ではありません。詳しくは運営者情報をご覧ください。
責める代わりに、時期を見る
終わった関係を振り返るときは、原因を探さないほうがいい、という考え方がある。
理由がふたつある。
ひとつ、原因を探すと、たいてい自分に向かう。
相手のせいにできない人ほど、自分の落ち度を探し始める。あのとき返信が遅かった、あの一言がよくなかった。探せばいくらでも出てくるので、終わらない。
ふたつ、原因が分かっても、次には使えない。
次の相手は別の人だからだ。
代わりに見るのが、時期になる。
縁が動くとされる時期
暦では、人の縁が動きやすいとされる時期がいくつか語られる。
代表的なのは、季節の変わり目にあたる二十四節気の節目、そして年の切り替わりとされる立春前後。四柱推命では、めぐってくる年や月の干支と自分の命式の関係から、人の出入りが増える時期を読む。
流派によって言い方は違う。共通しているのは、縁は一定の速度で流れているわけではないという捉え方になる。
動く時期がある。止まる時期もある。
「動く時期」の正体
では、その時期に何が起きているのか。
ひとつの説明として、こう考えられる。
環境が変わる時期に、人の出入りが増える。
年度が替わる、季節が変わる、転勤や進学がある。生活のリズムが変わると、会う人が変わる。会う人が変わると、関係も動く。
暦の節目は、社会の節目とかなり重なっている。だから「暦で縁が動く」という言い方は、そう外れていない。
神秘的なことが起きているというより、動く時期を先人が名前をつけて記録していた、という理解のほうが自然に思える。
動く時期に確かめること
大事なのはここから。
動く時期が来たときに、何をするか。
新しい出会いを探しに行く、ではない。それは動く時期でなくてもできる。
勧めたいのは、こちらだ。
終わった関係で、自分が何を我慢していたかを一つだけ書き出す。
原因ではなく、我慢のほうを見る。
原因は相手と自分の組み合わせで決まるので、次には使えない。我慢は自分の側の話なので、次にも持ち越される。
我慢は繰り返す
よく言われることがある。
同じ我慢を、相手を替えて繰り返している人は少なくない。
連絡が来ないことに耐える人は、次の相手でも耐えている。予定を合わせてもらえないことを飲み込む人は、次も飲み込んでいる。
相手は変わっている。我慢の形は変わっていない。
「ご縁がなかった」で終わらせると、ここが見えないままになる。次の縁が来ても、同じ場所で同じように削れる。
書き出すのは一つでいい
三つ書こうとすると、たいてい書けない。
一つでいい。いちばん重かったものを一つ。
書いたら、しまっておく。次の関係が始まったとき、三か月経ったあたりで見返す。同じ我慢が始まっていないかを確かめる。
それだけでも、繰り返しに気づきやすくなる。
動かない時期をどう過ごすか
縁が動く時期があるということは、動かない時期もあるということになる。
動かない時期に焦って動くと、たいてい消耗する。
以前天中殺の話で書いたが、外に出す動きを止めているあいだに、内に積む動きを一つだけ残しておく。恋愛でも同じことが言える。
出会いの数を増やすのではなく、我慢の記録を残しておく。動く時期が来たとき、それが効いてくる。
今週やること
ひとつだけ。
終わった関係で、自分が何を我慢していたかを一つ書く。
責める必要はない。相手のことも、自分のことも。
書いておけば、次に同じ場所で削れそうになったとき、気づける。それだけで十分に意味がある。
✦ この記事のまとめ
「ご縁がなかった」は便利な言葉ですが、そこで止めると次に確かめるものが何も残りません。
暦では縁が動きやすいとされる時期があります。当てるためではなく、いつ何を確かめるかを決める目印として使うほうが実用的です。



