「洗ったお金、まだ財布に入ってます」
銭洗いに行ったことがある人なら、心当たりがあるかもしれない。一年前のものが、そのまま入っている。使っていいのか分からなかった、という。
この疑問への答えとして、よく語られるのはこうだ。
使ってください。
著者名の神崎和は、本メディアの創作上のペルソナです。実在の神職・鑑定者による取材や経験談ではありません。銭洗いの作法は社によって異なるため、最終的には各社の案内に従ってください。詳しくは運営者情報をご覧ください。
銭洗いとは何をしているのか
銭洗いは、湧水や霊水とされる水で金銭を洗う習わしだ。
多くは弁財天を祀る社で行われる。弁財天はもとインドの河の神で、水と縁が深い。日本では財の神としても祀られてきた。巳(蛇)が弁財天の使いとされるため、巳の日が縁日になる。
洗うという行為には、清めの意味がある。ただ、ここで押さえておきたいのは、清めた金銭をどうするかという部分だ。
「取っておく」が広まった理由
洗ったお金を大切に保管する、という話は確かにある。
ただ、これはお守りとして扱う考え方から来ている面が強い。財布に入れておく種銭のような扱いだ。
一方で、より広く語られてきたのは、こちらだ。
洗ったお金は使って巡らせる。使うことで、増えて戻ってくる。
水で清められた金銭が世に出ていき、巡って戻る、という考え方になる。手元に留めておくと、そこで流れが止まる。
「使ってください」というのは、この筋による。
ただし、社によって案内が違う。掲示や社務所の説明があれば、それが最優先になる。ここは譲らないほうがいい。
洗い方の基本
多くの社では、ざるが用意されている。
一般的な流れはこうなる。
- まず本殿・拝殿に参拝する(銭洗いが先ではない)
- ざるに金銭を入れる
- 柄杓で水をかける。全体が濡れる程度でよい
- 布や紙で軽く拭く
- 財布に戻す
参拝が先という点は、案外知られていない。銭洗いだけをして帰ってしまうこともある。社にお参りしてから、という順序が基本になる。
水をかける量に決まりはない。じゃぶじゃぶ浸す必要はなく、水が触れれば足りるとされることが多い。
硬貨か、お札か
ここも社によって違う。
- 硬貨のみとする社
- お札も可とする社
- お札は端を浸すだけ、とする社
お札は濡れると傷むので、扱いに注意が要る。乾かすときに強く擦ると印刷が傷む。軽く押さえるように拭き、あとは自然に乾かす。
金額にも決まりはない。大きな額を洗えば効くというものではないとされる。
使い方の考え方
洗ったお金を使うとき、どう使うかについても、いくつかの言い方がある。
よく語られるのは、自分のためだけに使い切らないという考え方だ。人への贈り物、必要なものの支払い、あるいは他の社への賽銭。
ただ、ここはあまり厳密に考えなくていい。使うこと自体に意味があるとするなら、使い道まで縛ると、また「使えない」に戻ってしまう。
一つだけ勧めるとすれば、すぐに使うことだ。
一年財布に入れたままにするより、その週のうちに使ったほうが、趣旨には合っている。
祈願で気をつけたい言い方
金運の祈願をするとき、どんな言い方をすればいいか迷うこともあるだろう。
ひとつの考え方として避けたいのは、他人との比較を含む願いだ。
「あの人より稼げますように」「同期を追い抜けますように」
こうした願いは、比較の相手がいる限り終わらない。追い抜いても、次の相手が現れる。
代わりに勧めたいのは、自分の行動を含む言い方にすることだ。
「続けられますように」「見極められますように」
願うだけで終わらず、自分が何をするかが含まれている形になる。
これは信仰の作法というより、願いを行動につなげるための工夫として考えてほしい。
行く日を選ぶなら
巳の日、特に六十日に一度の己巳の日が、弁財天の縁日として選ばれることが多い。
ただし、縁日は混む。ゆっくり参拝したいなら、あえて外す選択もある。
日を選ぶことより、参拝を先にすること、洗ったお金を使うことのほうが、作法としては本筋に近いと考えている。
今月やること
もし財布に、いつか洗ったお金が入っているなら。
今週、使ってしまってほしい。
止まっていたものが動き出すのは、たいていそこからになる。
神社と浄化のいろはの第1回は、鳥居をくぐる前に一度立ち止まる、参拝作法のほんとうの意味です。
✦ この記事のまとめ
銭洗いで洗ったお金は、使って巡らせるという考え方が広く語られています。取っておくのは本来の趣旨から外れるとされることが多くあります。
作法は社によって異なります。ざるの有無・洗う対象・拭き方まで案内が出ている場合はそれに従うのが基本です。



