「いつか大きいのが来ると思っている」
こう言う人を、私は否定しない。
四柱推命でいう偏財、つまり波で入る型の人にとって、これはむしろ自然な感覚になる。当たる年と当たらない年がはっきり分かれるので、待つという発想が出てくる。
分かれ目は、待つかどうかではない。
来ていない年に何をしているか
白川は──私は四柱推命を扱う仕事をしているので、この差をよく見る──長く続いている人と、消耗していく人の違いははっきりしている。
波が来ていない年に、同じ動き方を続けているかどうか。
来ない年に、来る年と同じだけ動く。営業に出て、案件を探し、投資を続ける。結果が出ないので、さらに動く。
これがいちばんコストがかかる。
「動けば当たる」が成り立たない年
偏財の型の人は、動いた回数と結果が比例した経験を持っていることが多い。
だから、結果が出ないときに「動きが足りない」と解釈する。
ところが、来ない年にはそもそも受け皿が無い。動いた回数を増やしても、比例しない。
動いた分だけ減っていく。
しかも減っているあいだ、本人は正しいことをしている自覚がある。ここが厄介なところになる。
積む人がやっていること
一方で、長く崩れない人が来ない年にやっていることは、たいてい地味だ。
- 使う額を先に決めて、それ以上動かさない
- 動かないぶんの時間を、次に備える作業に回す
- 記録を残しておく
三つ目が効く。以前記録の話でも書いたが、記録があると「来ない年」がいつからいつまでだったかが後から分かる。分かると、次の来ない年に慌てなくなる。
待ち方を設計する
待つのをやめろ、という話ではない。
待ち方を決めておく。
具体的には、こういう形になる。
一、来ない年の上限額を決める。 動くための費用に上限を置く。超えたらその年は動かない。
二、来る年に使える手を、来ない年に用意しておく。 準備は来ない年にしかできない。来た年は動くので手が空かない。
三、来ない年の長さを想定しておく。 九年周期で見るなら、動きにくい年は複数ある。一年で終わる前提を持たない。
周期で見る
自分がいまどの局面にいるかを見る道具はいくつかある。
数秘のパーソナルイヤーは、生まれた月日とその年の西暦だけで出せる。九年周期のどこにいるかが分かる。
天中殺のように、動きにくい期間として語られるものもある。以前書いたが、この期間に何もしないのがいちばんもったいない。外に出す動きを止めているあいだに、内に積む動きを一つだけ残しておく。
どの道具を使うにせよ、目的は同じになる。
いまが来る年か、来ない年かを、自分の気分以外で判断する。
気分で判断すると、来ない年ほど「今年こそ」と思う。
一発を狙うこと自体について
最後に、はっきり書いておきたい。
大きな一手を狙うのは、悪いことではない。偏財の型の人にとって、それは持ち味になる。
問題は、狙い続けることではなく、狙いに使う資源に上限が無いことになる。
上限があれば、外れても次がある。無ければ、一度の外れで終わる。
長く続いている人は、例外なく上限を持っていた。
今週やること
ひとつだけ。
「来ない年」に使っていい額の上限を決める。
年でも月でもいい。金額を紙に書いて、目に入る場所に置く。
来る年は、放っておいても動く。決めておくべきは、来ない年のほうになる。
✦ この記事のまとめ
波で入る型(偏財)の人が波を待つのは自然です。分かれるのは波が来ていない年に何をしているかです。
来ない年に同じ動きを続けるとコストだけがかかります。機会が来たときに動ける状態を保つほうが、実際には近道になります。
